入院仲間

入院生活に慣れてきた頃、私は無意識に同じ病室の患者さんの観察を始めました。
先生や看護師さんと患者さんのやりとりはどうしたって聞こえてくるもので、名前や病気の内容がどんどんインプットされていきます。

私の右隣の方はどうやら同じ糖尿病のようで、食事の時間になるといつも私と同じタイミングで血糖測定を行うよう指示されていました。食事の際には薬も処方されていることなどから、2型糖尿病だと分かりました。

次第にその方も私が糖尿病であることに気付いたようで、どちらかが血糖測定の器材の電源を入れる音を合図に、もう一方も測定をし始め、いつしか看護師さんにスムーズに血糖値を伝えるという連係プレイが出来るようになりました。
お互い言葉を交わしたことはなかったけれども、病室で唯一同じ糖尿病ということで、私は勝手に「相方」と心の中で呼ぶようになりました。

向かって右のベッドのおばあちゃんは足腰が悪いようで、ひとりで起き上がることが難しいようでした。
おばあちゃんは、お見舞いに来た方が病室を出るまで
「来てくれてありがとう」「嬉しい」
などと、ベッドから声をかけ続け、優しいおばあちゃんだな、なんて思っていたら突然
「あぁ、くたびれた」
確かに体力が落ちてると、お見舞いに来てくれた人と話してるだけでもいい運動になるのだろうけど、お見舞いの人がドアを閉めないうちに言うものだから、聞こえたんじゃないかとこちらがひやひやしてしまいます。

向かって左のベッドには、白内障か何かの手術のために入院しているようでした。
勤務先に電話しているのが丸聞こえで、よくよく聞いてみると、まさかの私がよく電話をかける相手先と同じ仕事をされているではないか。まさかそのうちのひとり?と、悪いと思いつつ耳を澄ましてみると、同じ業界ではあるものの違う会社の方でした。
私もたまに電話で、入院してる話を聞くので、仕事に復帰したら今まで以上に親身になってしまいそうでした。

夫が持ってきてくれたマンガ『ジョジョの奇妙な冒険』第3部シリーズを読み終えた頃、私はあることに気付きました。
「あれ、私の担当医、虹村億泰に似てる?」
それから担当医のことを、ご本人の前以外では「億泰」と呼ぶようになりました。

そんな風にまわりを観察していたら、わりと入退院の出入りが激しく、いつの間にか自分が1番の古株と化していました。

長らく入院の期間を共にした相方も、いつしか退院が訪れ、退院の際にたまたま私のベッドのカーテンが開いていたものだから、ご挨拶いただきました。
退院おめでとうございます、さようなら、相方。

一期一会という言葉がありますが、私はこれまであまりその言葉に共感することがありませんでした。わりとさばさばした性格なためか、今後お付き合いすることの無いであろう人と、その場だけの関係を築くことに積極的になれず、わりと関わり合いをもたずやり過ごすタイプでした。
しかし、入院期間中に出会った人々を通して、その言葉の意味が少し分かったような気がします。

いろいろな場所から、病名は違えど、ツラい症状を乗り越えるために集まってきた人たち。向かう先は元気な自分。会話をしてもしなくても、なんとなくみんなが仲間のような気がしてきて、退院する人を「おめでとう」という言葉と笑顔で送り出す。

自分が退院して、いつしか入院時のことを思い出したとき、低血糖などの症状が発症したとき、あの時みんなツラい症状を必死で乗り越えてたなぁ、相方も自分と同じように頑張ってるんだろうなぁ、そんな風に自分も頑張らなくては、ツラいのは私だけじゃない、そんな心の支えになっているのかもしれません。

毎晩、救急車のサイレンの音が鳴り響くのを聞きながら、今日も入院仲間が増えるのかな、そんなことを思いながら眠りにつくのでした。

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